とおの屋 要(よう)

●取材・レポート
日本伝統濁酒学酒香巧 早坂久美

(1)米作りから考えるどぶろく造り

 “岩手の遠野にすごいどぶろくを造っている人がいるらしい”
 そんな話しを耳にしたのは今から2年程前だろうか。“日本酒と料理のペアリング”という新しい形を世の中に知らしめた東京目黒「GEM by moto」の看板メニューとして提供されたり、日本酒蔵元が次々と視察に訪れる程、今までのものとは一線を画す『とおの屋 要(よう)』のどぶろく。
 自分が住んでいる同じ東北に、しかもお隣岩手県ということで“とにかく実際に話しを伺ってみたい!”と はやる気持ちを抑えながら予約をし、ようやく訪問できたのはそこから一年後のことだった。

 オーナーの佐々木要太郎さんにはどぶろく醸造所「醸し田屋」の責任者だけではなく、原料米「遠野1号」の栽培農家、そしてレストラン「とおの屋 要」のオーナーシェフという3つの顔がある。
 本レポートは(1)「遠野1号」での米作り(2)どぶろく醸造 (3)「とおの屋 要」の料理とおもてなしという3つの視点からまとめてみた。

米蔵を移築、リノベーションした「とおの屋 要」。
緑で覆われたエントランスは、季節によって様々な表情を見せる。

(2)米と、土、そして微生物の多様性が育むどぶろく造り

 佐々木要太郎さんはどぶろくの原料米として、地元・遠野原産品種のうるち米「遠野1号」を使っている。「遠野1号」とは1927(昭和21)年に北海道上川試験場にて育成がスタートしたお米。父株に北海道の在来品種である「坊主6号」、母株に山形県の在来品種「亀の尾」をかけ合わせた。1934(昭和9)年の東北大凶作により、北海道・東北の中でも最も被害が大きかった岩手県遠野市に1935(昭和14)年県立農事試験場が設立。寒冷地の病害虫にも強い品種として交配と研究を重ね、「遠野1号・2号・3号・4号」を誕生させた。特に「遠野1号」は県内の冷害地帯で広く栽培され、遠野のような山間の高冷地に向いた早稲として広く栽培された。

 戦後、農業技術の発達や“もっちり”とした食感が好まれる嗜好変化に伴い、いつしか栽培が途切れてしまった幻の品種遠野1号を要太郎さんはたったひと握りの籾から10年かけて増やし、ようやくどぶろくを醸せる量まで収穫できたのは2008年のこと。酒米として開発された品種ではない遠野1号に要太郎さんがそこまでこだわるのは、地元の品種という以上に、“どぶろくの味を一番引き出してくれる”からだ。 
 現在ここで手がける田んぼは約3町歩。全て無農薬・無肥料で作られている。「最初は慣行栽培と有機栽培も並行させていましたが、3年程続けてみて、慣行と有機はやめました。米の品種改良がどれ程進もうと、問題は“地力”なんです。田んぼを始めて17年になりますが とにかく土作りが一番、土を変えることで全てが変わります」と力説する。

 「田んぼを無農薬にするという事は、田んぼだけが良くなるのではなく、周りの自然環境が変わり出します。僕の地域で言えば、真っ先に寄ってきたのがヒヨドリでした。6月中旬頃、 “中干し”という作業で田んぼから水を抜くのですが、彼らは干からびたオタマジャクシを狙ってやってきます。その際、鳥たちは田んぼに糞を残していくのですが、その中には植物の種が混じっているのです。僕が掻いた10年前は全く何もなかった。所が5年経ち、初めてブラックベリーが自生し始めました。そしてミントなどのハーブ類、今では稀少な「ナワシロイチゴ」も生えるようになりました。野鳥たちが連れてきた様々な樹種によって、動植物や虫が田んぼに入り出し、あぜ道などの周辺環境にも多様性が戻ってきました。」

 農薬を使わないことでまわりの自然環境は再生し、この土地本来の力を取り戻す。10年前は何もなかった田んぼは今、雑草や山菜、ハーブに囲まれ、自然の野山に近い環境だ。遠野1号はそこに深く根を張らせ、たくましく育っている。

「遠野1号」が広がる自社田。遠野1号の種も自家採取している。

田んぼや周辺環境を案内する佐々木要太郎さん。

田んぼ脇に咲く「ナワシロイチゴ」。稲の種まきの頃に赤い実をつける。

(3)微生物の多様性を取り込み 美味しいどぶろくに

 醸造場は『とおの屋 要』の裏手にひっそりと佇む。表札に刻まれた“濁酒”の文字がなければ、普通の倉庫の佇まいに見えるこの場所で、どぶろく造りと格闘してきた。
 要太郎さんがどぶろく醸造を始めたのは、遠野に戻り家業である民宿を継ぐことになった2002(平成14)年。くしくも遠野市が全国に先駆け「どぶろく特区」第1号の認定を受けたのが翌年。農業振興含め“どぶろく特区を観光の目玉に”という機運が高まっていた。
「当時民宿を経営していた父も発起人の1人になっていて、当然ながら自分の民宿でも“どぶろくを造ろう”という流れになり、関わり始めました。」
 田んぼを借りて稲を植え、米作りを開始。2005(平成17)年には民宿の敷地内で、どぶろく醸造をスタートさせた。経験ゼロから始めたため壁にぶつかることも多く、日本酒蔵に通ってアドバイスも受けた。その中で掴んだことは“米の全てを溶かしきる”ということ。
 

 「現在のレシピが完成するまで12年かかりました。自然栽培米を使い、自然に寄り集まってきた常在菌に手伝ってもらいながら試行錯誤を続けた結果、一般的などぶろくより醪日数の長い、酵母の生命力が強いどぶろくが完成しました。今うちの平均醪日数は80日から100日です。上澄みができ、酵母がおとなしくなってから瓶詰めするので、そこまでは徹底して米を溶かします。」
 始めた当初は行っていた“火入れ殺菌”も 今は一切していない。
「確かに流通面では安全だけど、僕が考える“微生物の多様性”という面では意味がないなという思いに駆られ、生の状態での出荷に切り替えました。最初の頃は非常にガス圧が強く、お客様からクレームも出ましたが、自分なりにいろいろ研究をし、仕込み具合を変えていったのです。」

 現在要太郎さんが醸すどぶろくは3種類。
①協会酵母を使った速醸酛の「どぶろくスタンダート」
②酵母や人工の乳酸を添加せず、蔵に住みつく天然の菌を育てて乳酸をつくる「ど
ぶろく生酛」。
③米と水だけで天然の乳酸菌を繁殖させた仕込み水(そやし水)に、蒸し米・米麹を加え、天然の酵母菌を繁殖させて仕込む「どぶろく水酛」。
ほかにもフルーツ果汁をミックスさせた「どぶきゅ~る」や、どぶろくと酢をブレンドした「どぶ酢」などの関連商品も出している。
どぶろくというと一般的には素朴な味わい、悪くいえば田舎くさい味を想像するが、まろやかな酸味、エレガントな味わいに驚かされる。軽快な後味は、様々な食と合わせて楽しめる“食中酒”としての可能性も秘めている。

どぶろく醸造所「醸し田屋」の看板

タンクの中には21日目と43日目の醪が入っている。醪日数が平均
80~100日なのでまだまだ若い。


開発当初は理想とする味わいに合わせ、精米歩合60%で造っていたが、現在はコイン精米に切り替えた。「田んぼの土が強くなる事で磨かなくてもキレイな味わいを表現できると気づいた」との事。

(4)発酵・熟成料理と 自家醸造のどぶろくで圧倒的世界観を魅了する

 宿泊施設を併設した『とおの屋 要』は1日1組限定のオーベルジュスタイル。遠野で一番古い『民宿とおの』の4代目として生まれ、民宿を切り盛りする父のもとで料理の基礎を学び、開業したのが2011(平成23)年。現在は半年先まで予約が埋まっているという人気ぶりで、訪れる人の約8割が料理人や食通、飲食関係者という程、料理業界からも一目置かれる存在となっている。
 多くの人を魅了する『とおの屋 要』の料理は、とにかくユニークで自由奔放。その一方、軸足はしっかり遠野という土地に根差している。中でも要太郎さんが作る料理で欠かせない大きなキーワードが“発酵”だ。自家製生ハムやサラミ、野菜や肉を使った熟れ寿司など、祖父母から受け継いだ味の記憶を再生し、現代版にアレンジ。発酵食をベースにしながら、オリジナリティー溢れる唯一無二の料理に昇華させている。“自家製どぶろくありき”で生み出された料理とのペアリングを楽しめる点でも注目を集めている。
 メニューは季節によって内容が異なるが、「夜のおまかせコース」では8~10品の料理が提供される。参考までに私が訪問した2019年6月末の内容を下記にまとめてみた。

左)玄米スパークリング
右)どぶろく生酛

芋サラ(クリームチーズ&三升漬入り)と自家製2年熟成サラミ3種 
大根・人参・ごぼうの味噌漬けで色付けし、ジャガ芋の形に成形、中には三升漬けクリームチーズが入っている。添えてあるのはドライえのきと玉ねぎ。フードロスへの取り組みも積極的だ。

テーブルに置かれるなり一同歓声が上がったイワナのフィッシュ&チップス。

玄米スパークリング。上澄みは爽やかなマスカットの香りがする。

どぶろく生酛表面はとろみがあってミルキー、そしてエレガント。泡のひとつひとつが繊細だ。

自家製納豆のスフォルマート。納豆を味噌大根とベシャメルソースで包んで焼き固めスフォルマート風に。まわりは梅肉あんで卵黄とからめて頂く。
※スフォルマート=細かくした具材を型に入れ湯煎焼きした料理。

熟れ寿司の飯寿司と鰻の煮こごり

豚肉の熟れ寿司。生の豚ミンチと米に一緒に漬け込み7ケ月~1年熟成。周囲には乳酸発酵させた実山椒や帆立の肝をあしらっている。動物性の肉から醸されるパワフルな酸味が特徴。

鱒のなめろう(きゃら炒り味噌)。お腹の部分にきゃら炒り味噌が詰まっている。

   

岩手短角牛のロースト。熟成肉を遠野1号の藁を使って焼き、田ゼリを添えた一品。藁のワイルドな香りが旨味を引き立てる。

玄米のからすみリゾット。遠野1号の玄米リゾットの上に、1年熟成のカラスミが乗っている。

翌日 朝食。ヤマメの焼きもの、ミズの実の小鉢など季節の食材を生かしたおかずが並ぶ。

朝食の「遠野1号」羽釜で炊いた炊き立ての遠野1号が提供される。

要太郎さんは数年前から無農薬栽培の米農家を増やす「どぶろく農家プロジェクト」を立ち上げ、地域の米農家を支援する活動も始めた。新たに来年8月、レストランを併設した醸造場を立ち上げる準備も進めている。「どぶろく」を通じた新しい取り組みは今後も続きそうだ。

◉とおの屋 要 http://tonoya-yo.com/
岩手県遠野市材木町2−14
電話番号 0198-62-7557
JR新花巻駅から釜石線で遠野駅まで約1時間
遠野駅から徒歩約8分
車で遠野ICから約50分